2018/05/21

学童を守護せよ!-起て!老いたる者よ、今すぐ通学路で子どもを守れ!

新潟で痛ましい事件が起きた。どうしてあの子を守れなかっただろう。残念でならない。あの長い通学路を、たったひとりで歩いていたと思うと悲痛なおもいにかられ、いたたまれない。

さまざまな報道がされるが、具体的な「対抗策」は、まったく、なに一つ、伝わってこない。関係機関は、どこ吹く風をよそおい、責任回避をしている風情だ。

今日にも、同様な事件が起きないとも限らない。不審者(とおもわれる)人物については、しばしば目にすることもある。この事件に「触発」されて、次が起こることも大いにありうることである。

関係機関に対策を要請しても、いつも通りに、「予算が、人員が、方法が...」の弁明が繰り返されるばかりであろう。そんな言い訳は、問題解決には何の役にも立たない。「お役人」は、遁辞を作成することに、時間と精力の大半を費やす存在であることを、看過してはならない。

あと少しの年月が経過すれば、日本では数千万人の労働人口が、不足する(とされている)。一人ひとりの学童・児童が、今や、珠玉にもまして貴重な存在なのだ。

さあ、ここはみんなで守ろう!

老人よ、道に立とう

「視線」が子どもを守る

視線が連続するチェーンを作ろう

登下校時、学童・児童が通過するすべての路線・時間帯を把握し、そのすべてにおいて「視線」でカバーすべきである。それだけで、まずは防ぐことが可能だろう。

そこで、今すぐ、展開できる「作戦」は何か? 今すぐに動員できる人員とは? 

とにかく、緊急に展開する必要がある。犯罪者は、次をねらっているぞ。

そう、家々には、現役を引退して「老後」をおくる人々がいるはずだ。この経験豊かな世代に、このたびは、第一線に出ることをお願いしよう。

何もせずとも通学路を「もれなく」、「視線」でカバー

何もせずとも、通学路を「もれなく」、「視線」で、つなぎ、カバーするだけで、いいのだ。

万一、何か起こったら携帯電話で、110番通報するだけでじゅうぶんだ。間違っていても、「お巡りさん」から叱られることはない。

この「存在」じたいが、絶大な抑止力になるのだ。

一般に、犯罪者がもっとも忌み嫌うのは、人間の「視線」だ。「ドライブ・レコーダー」はただ記録するだけで、ネガティブな抑止力はあるが、即応性はまったくない。

行き帰りに、街かど、農道を歩くと、つぎつぎに「おじいちゃん」「おばーちゃん」に出会い、声をかけてくれ、あいさつができる。考えただけで楽しい毎日となろう。それは子どものがわだけではなかろう。「おじいちゃん」「おばーちゃん」がわも、毎日が楽しいだろう。

この環境は「不審者」がもっとも忌み嫌い、次なる同様な犯罪のもっとも効果的な防止策だ。

さあ、起て、シニア世代よ ― 安楽を捨てて、街に出よう!




2018/05/18

ああ!記者クラブ ― この驚愕の存在

ああ堂々の記者会見

ほんとうは「記者会見」ではなく「記者クラブ会見」

日本のすべての官庁・役所などには広報を担当する部署、たとえば「広報課」があって対外発表などの文書・資料はそこで作成・発表される。

問題なのは、その発表の方法である。

ああ、近世以前の...

ところが、それを受け取るのは国民や市民ではなく、なんと、あろうことか、21世紀にもなったにもかかわらず、特定の「御用商人」だけなのである。あたかも安物の時代劇にあるドラマ仕立ての前時代的な構造が、現在でも、昨日も、今日も、明後日も、この日本では連綿と持続して行われているのである。

日本では16世紀の後半ころには「楽市・楽座」政策が、織田信長などの戦国大名によって実行されて特定のギルドなどの市場独占を防ぎ、これにより円滑な経済政策をとることができた。当然、市場は活性化し、市中はにぎわった。

しかし、この「記者クラブ」は21世紀にもかかわらず、なんと、織田政権以前の前時代的なことを行っているわけである。世界に冠たる抱腹絶倒の事実である。が、しかし、事実を知れば、腹を抱えてわらっている場合でないことがわかる。報道各社は近代ではなく、中世に生きているのだ。

省庁、地方自治体、有力大学などが行う記者会見に出席し、資料を受け取り、質議応答に参加できるのは、「記者クラブ」加盟の報道各社に厳密に限定されているのだ。

つまり、「記者会見」ではなく、「記者クラブ・会見」なのである。

質議応答の多くは静粛におこなわれ、報道各社からの記者諸君は、それはもう、きわめて紳士的におだやかな対応に終始する。記者諸君はなぜ「静粛」なのか。それは、ある作業でご多忙だからだ。発表者が着席し、ほんの一語でも発言を開始すると、ほとんどの記者は即座にパソコンで入力を開始する。「締切」に間に合わせなければならないから、余計なことを考えたり発言したりする余裕など、あろうはずはない。「速記者」さながらにただひたすらに入力する。

なぜこうなったのか

そこにいるのは「気鋭のジャーナリスト」ではなく、ただの入力屋さん

発表者の一言ごとに、キーボード特有の、パシャパシャ、パシャパシャという低い音が追随して響くのみで、もし外部の一般の人々がこの様子を目撃すれば、その異様さに息をのまれるにちがいない。

たかがノートパソコンの微弱な操作音とはいえ、何十台ともなればその音量は異様である。

ああ、なんと、ご気楽な仕事であろうか。彼ら報道各社には、あの戦争での300万人の戦死者も、原発事故も、たんなる取材項目、いや入力原稿でしかない。もれなく入力して送稿するだけだ。

こんなことは他の欧米先進国の記者会見でも行われていると読者諸氏は考えるかもしれないが、それは、まったく違う。この状況は、ほぼ、日本独特の異様なことであることを知っておいてほしい。

ヨーロッパの某国で毎年行われる、著名で晴れがましい行事の該当者の選定について、その記者発表会場で、ただひたすらノートパソコンに向かって入力しているのは、日本からの記者のみである。

主催した発表機関側のスタッフは、下を向いて異様なキーボード音をあげるのみの集団に当惑ぎみだが、これがいかに異様なことなのかさえ、その日本からの記者らはまったく無頓着で素知らぬ風情だ。その異常さ加減は、世界の物笑いの対象になっているにもかかわらず...。

そして、彼らは全能感にひたり、無誤謬性 infarabiraty を確信してはばからない。ちなみに、この無誤謬性infarabiratyという言葉、この語彙(ごい)は、ヨーロッパでは「ローマ法王」のみを指す語彙として、歴史的に使われてきた。日本では、なんと「メディア法王」なのだ。

あの戦争は

かつて、戦争を煽ったのはだれであったか。新聞だった。

つまりは、発表機関側が、
「越後屋、おぬしもワルよ、のおぅ...」
と言い、御用商人が
「いえいえ、お殿様もなかなかなもので...」
とやりとりするような、こんな悪だくみをしているのではない。そんな度胸や度量、腹がすわった輩などどこにもいない ― チープで薄ぺらな連中ばかり。

何も考えず、ただただ正確に素早く入力しているだけなのだ。鋭い舌鋒も、深い洞察力も無用だ。つっこんだ質問などなおさら余計だ。ああ、面倒くさい、さっさと終わらせよう、と...。

想起するに、こんなことも...

ながらく続いた日中戦争のあげくに、日本は、なんとあろうことか米英を相手に戦争を始めた。この事実を、もし当時の良識と見識ある普通の市民が発表の現場に居合わせて聞いたとすれば、瞠目(どうもく)して言ったであろう ―― 正気ですか、あなた方は? ―― と。

当時のちょっと勉強している小中学生ですら、これをいきなり聞けば「勝ち目がないのに、なぜ?」と思ったに違いない。そして、この「判断」は正しい判断だったに違いない。

いや、当時の日本国民は戦争を望んでいた、という見方もある。しかし、出征した夫や息子の戦死の知らせが多くなるにつれ、国民のあいだに厭戦気分がまん延していたのは事実である。これを覆い隠し、戦争をあおったのが当時の新聞報道なのだ。

日本で重厚な真のジャーナリズムが育たなかったのは、きわめて残念であり、幾多の罪過を残してきた。

戦争を煽り、世をその惨禍に追いやり、負けると今度は自分たちだけは『良識』を装い、戦い破れ、ボロボロになった連中をたたく――これがその常とう手段。みんなペラペラの軽さ、変節ぶり。

そして、これらの正しい判断を封じるのが、今も行われている「記者会見」なのである。

なぜならば、出席の「記者」諸君は、これらの発表された記者会見資料を、ただひたすら受け流すのが仕事だと確信しているからである。

霞ヶ関という一等地にある省庁の建物の、見渡すかぎりの皇居の緑地に包まれ、見晴らしのよい最上階付近にデスクを与えられて、悠然とかまえることができれば、人間はだれしも全能感に包まれよう。ああ、オレは選りすぐりの報道機関の、選りすぐりの「記者」なのだ、と。

その記者クラブ室とは、税金を投入して作られた庁舎において冷暖房完備のうえ、「賃貸料・使用料」は無料。国家ぐるみの贈収賄である。これでは、何があろうと批判的に書くことなど、到底できはしない。御用新聞と成り下がるのは、当然であろう。こうして、すべての「新聞」は政府機関の広報紙となっているのである。日本のメディアは、なんと、今も、あの「大本営発表」の時代のそのままのスタンスで報道を行っているのである。

試しに「記者クラブ」の「記者室」へ行って、
ここのお家賃は、おいくらなのですかぁ~? さぞかし、お高いのでしょうねぇ~
などと、とぼけて、なるべく大声で、聞いてみるがいい。彼らは瞬時に、顔色が変わる。それは、後ろめたいからに他ならない。なぜなら、このことは諸法令に抵触していることは言うまでもないことだからだ。

そして、国家機関にとって、飼い慣らし、餌付けされた家畜となった「報道各社」を誑かす(たぶらかす)くらい、たやすいことはあるまい。なぜなら、挙げて「御用新聞」となっているのだから。


原発はどうなる


原発について、その安全性を省庁と一緒になって宣伝してまわったのは、どの報道機関だったか。

国家の命運、人間の生命にかかわるような重大事を、このようなあまりにも滑稽な構造に委ねておいてよいものか ―― 本稿では、これを問いたいのだ。

原発の問題は、明白に適切で充分な説明が行われていない。とりわけ、安全性においては、ほとんど「虚偽」がまかり通っているが、これを告発しようとするメディアは存在しない。

この尊大さ


ちなみに、日本記者クラブは、なんと、英語名称をJapan National Press Club と詐称している。

 national という語彙には、
  1. 国の、国家の、国家的な
  2. 国民の、国民的な
  3. 全国的な
  4. 国立の、国営の
  5. 愛国的な、国家主義的な
という意味がある。いったい、いつから、国営になったのか。いつ、いかなる方法で、どのような手続きをへて「国民の、国民的な」機関となったのか。彼らは「国の」機関であることを誇示したいのだ。

なんという不見識であろうか。尊大にも、ほどがあろう。彼らの「常識」の異常さかげんが、ここに、いかんなく表現されている。


2018/05/08

原発を今すぐ停止しなければならない最大の理由

大津波! 原発を今すぐ何とかしろ!

浜松原発を「パラムシル島」級の津波が直撃したらどうなるか、専門家諸君よ、今すぐ答えてほしい。

慰霊の日だった今年(2018年)3月11日はさまざまな報道がされた。それはそれで、有意義であっても、もっとも重要であって緊急な、迫りくる危機の問題を、あえて言及しないでいるようにさえ見える。

それは、近未来に必ずや発生する津波の直撃による、原発の崩壊・爆発である。

日本では、沿岸の低地に多くの原発が存在する。福島原発は、沿岸のただでさえ低い低地をさらに掘り下げて標高を低くして作られた。

つまり、福島原発は、なんとあろうことか、津波の襲来をまったく想定していなかったのである。想定できなかったのではなく、想定しなかったのである。まったく、身の毛がよだつような不気味な話である。
千年に一度の事象を想定して建設をすることはできない
これが、福島原発の事故が起きてから、建設の経緯を語る際に発せられた『言い訳』である。この科学者・技術者の良心・良識が微塵も感じられないコメント以外に、この迫りくる危機に対する何らの説明は存在しない。

あるというなら、見せてほしい。聴かせてほしい。

科学者、技術者の良心、良識はどこに

この『言い訳』は、断言するが、まったくのウソ、虚偽、デタラメである。科学者、技術者ともあろう者たちが、このような『ウソ』、語の正しい意味におけるデータ上の『虚言』を平然と公言するとは、何たる不埒(ふらち)さであろうか。

大本営発表 ―― こんなメディアも、もういらない

そして、その不埒な記者発表を、無批判にただひたすらに報じた報道機関の無責任さには、言語を失うありさまだ。

戦後になり、多くのいわゆる「進歩派」の知識人が戦前・戦中の報道機関のあり方を批判した。
大本営発表
という語句はそのあまりの虚言ぶりを揶揄(やゆ)するセリフとして、人口に膾炙(かいしゃ)した(=大いに語られた)。しかし、今回のこれは、それをはるかに上回る大罪であろう。

メディアの連中よ、もう、「記者クラブ」を捨てて、街に出ようぜ。良識に基いて記事を書く ―― これをやってほしい。

はっきり言っておくが、福島原発事故は、原子炉が破損してヒビが入り、放射能を少々「漏らした」、つまりほんの少しだけ「おもらし」した程度にすぎない。それでもこれだけの大事故だ。

地獄のかまのフタが開く

しかしここで言及する原発事故とは、原子炉(複数、おそらく多数の)が完全に爆発し、破壊されて四散し、大気中に危険物質を大量に拡散するということだ。まさに、語句が意味する通りに『地獄のかまのフタが開く』のである。日本列島は完全に死の島となり、さらにその惨害は近隣諸国、いや、地球全体に及ぶであろう。

千島列島には、第二次大戦(太平洋戦争・大東亜戦争)が終結して7年後、1952年(昭和27年)、巨大津波が襲来している。千島列島の北端に近く、比較的人口が多かったパラムシル島ではこの時、人口の半数が繰り返し来襲した津波で死亡し、沿岸施設はすべて完全に破壊された。

パラムシル島に、当時「原発」が実在していれば、当然なことに、大事故となったはずだ。

福島原発の建設のための調査が開始されたのは、1958年、パラムシル島の惨劇からわずか6年後である。

この事実が意味するところは、はたして何か? 

そして、これがなぜ、同じ列島線上にならぶ日本列島には起こらないと断言できたのであろうか。日本列島の沿岸の多くの地点が、浜松に限らず、同じ運命にある。

現時点において、この問いかけに、責任ある立場からの回答・説明はまったくない。恐ろしい状況である。

あらためて、繰り返し言及すると、ここで言及する『地震』『津波』は、これだけでも大変な状況である。

しかし、『原発事故』 ―― これは、もう、比較を絶する危険度を有するということである。逃げ場所はこの惑星上のどこにもない。


2018/05/02

日本、英語ができない最大の理由

さらに再び、前節 
でご登場の「スイス在住のある世界的に著名な科学史研究者」のご高説を拝聴しよう。

われわれ日本人は、なぜ英語ができないのか ―― その2

日本だけが反対方向へ向かった ―― 「解体新書」とその方法論


『解体新書』をご存知だろうか。

江戸期、鎖国している時期にオランダ語から翻訳された解剖学の医学書である。この本、実は原著はドイツ語で刊行され、オランダ語版はいわば「海賊版」だったのである。オランダ商人からフッかけられて大枚な値段で買わされた、きわめて怪しげな文献だった。

あの科学史先生がのたまうには、日本の科学、文化はこの書籍、さらにその後の科学技術に対しても、世界の他の文化国家が一様にたどった歴史的経緯とはまったく反対の、とんでもない、あらぬ方向へ向かった、という。

世界標準では、このような圧倒的な力量をもった文物・文献が目の前に現れれば、それを研究するために、その言語に向かう、つまり先ずはその言語を習得する、さらに自己の文化圏内にその人口を増加させ、対象とする言語と一体化することによって、その文化・技術をわがものとする ―― この方向へ向かう。

しかるに、あろうことか、日本ではそうはならず、ひたすらそれを日本語化することによって、わがものとしようとした。 したがって 『解体新書』導入時において日本語に存在しない述語・専門用語、たとえば、骨・筋肉の一つひとつに付けられた、ラテン語の学術用語としての名称、ぼう大な数であるが、これに、いちいち日本語の漢字表記の述語を考案して名付けていった。

翻訳した杉田玄白・前野良沢らはこの労苦を
櫂(かい)や舵(かじ)の無い船で大海に乗り出したよう...
であると形容した。ふつうに「翻訳」と現代のわれわれが考える作業量の数十倍、いや数百倍であったろう。そして明治期以降も、この作業は多くの他の分野の専門書・技術書に対しても、連綿として続けられたのである。

しかもこの「解体新書・日本語版」は、なんと、古色蒼然(こしょくそうぜん=古めかしい)たる「漢文」で書かれていた。この時期、日本語の正式の文書とは、漢文だった。

吉田松蔭が、黒船として浦賀に来航したポーハタン号に国禁を犯して乗り込み、その乗員と筆談したとき、『漢文』で行ったことを想起してほしい。(松蔭は英会話ができなかったとされている) 「学術書」やあらたまった文書は漢文でしるさなければならないというのが、その当時の通例だった。

つまり、当時「最新科学情報」であるはずの医学書の刊行が、ああ!なんと、千年以上も前の「古式にのっとって」行われたのである。

そして、かの科学史先生は、いずれにせよ、これこそが、この方式こそが、
  • ぼう大な無駄と徒労で、まったく無意味
  • 日本人が英語ができない、決定的で持続的な原因・理由を確立した
と批判する。

つまり、日本は、英語など外国語の世界に入っていくことをせず、日本語のなかに、複製あるいはイルージョンを作ったと批判しているのである。とにかくこれが、
  • 世界の文明国の歴史に類例が存在しない
としている。それだけではなく、その後、このことにより国際的な孤立をまねき、
  • 第二次大戦で孤立し敗北
につながったと断言する。(これらの是非についてはここでは論じない。将来、別稿で書くとしよう)

想起してみるがいい。ローマ時代、ガリア人が、ローマの文物をガリアの現地語に翻訳して流布した例があっただろうか、そんなときは、みんなラテン語を学んでそれでそれを勉強したのだよ、という。それが学問というものだ、と...。

いずれにせよ、それ以降、すべての欧米からの科学技術情報やその他の分野の学問情報の移入は、この方式で行われた。 これが決定的な運命の分かれ目だったといえる。

そして、やや雑駁(ざっぱく)に言ってしまえば、日本ではこの方式が「日露戦争」に間に合った。ロシアを撃破できたことは、この方式が間違いではなかったことの何よりの証左であった(と、当時は考えられたのだろう)。


原爆の存在を予想すらできなかった、日本の最優秀の参謀


開戦に際しては『真珠湾攻撃』の攻撃隊隊長をつとめ、その後は、巧緻(こうち)をつくした作戦といわれ、マッカーサーを捕虜にしたかも知れないといわれた『捷一号作戦』を、参謀として策定した、きわめて真面目で真摯で優秀な軍人がいた。海軍大佐、淵田美津雄である。

しかしこの人物は、広島・長崎に原爆が投下されたとき、その物理学的な『原子力』の知識の片鱗すら持っていなかったと、戦後、述懐している。海軍総隊、および連合艦隊の参謀ともあろうものが、である。

敵が作っているであろう新兵器について、たんにその実戦配備を予想できなかったばかりではなく、その存在の可能性を想像することすらできなかったのだ。

日本における『専門家』とは、つねに、このパターンを踏襲する。自らの専門性ゆえに、そのわずか1センチとなりに位置する、あるいは、その先にある、より本来的で本質的な目的性が視野に入らず、それにより、自らのレゾン・デートル(存在理由)を見失うのだ。

『優秀な参謀』を自認するなら、原爆の可能性について言及し、対策をたてるべきであったろうし、そもそも、無謀で勝ち目のない戦争であることを提言すべきであった。敵が何をやっているかについて何の知見もなく、こちら側の価値基準のみで戦争しているという、お粗末きわまるありさまだったわけである。

つまり、淵田参謀が戦っていた「敵」 は、現実の「敵」とは、まったく乖離(かいり)していたのである。さらにまた、淵田とそのスタッフが、生(なま)の英語で敵側情報を同時進行的に解析していれば、原爆の存在を知ることができ、その時点で降伏することもできただろう。

日本における英語環境、英語教育は、完全にこのパターンを踏襲していると言える。

本来的で本質的な目的性について、全世界から旺盛な要求を突き付けられていながら、それが見えない、まったく見ようとしないのだ。

「国際的な英語教育...」を標榜する連中が、それが世界的な物笑いの対象となっていることが、まったく見えないのだ。

英文解釈、英文法、英作文に固執し、その技術を偏差値化することに没頭し、英語教育の本来の存在理由を否定をしてはばからない、というわけである。

この「受験産業」の「商売道具」としての「英語」を、21世紀にもなって、いつまで、続けるつもりなのか。つまり、今や世界中で共通語として飛び交っている「英語」と、現実に学習すべき対象としての「英語」が、完全に乖離していることが理解できないのだ。そして、世にもめずらしい、世界的にも珍無類、「英語ができない英語教師」が、学校で堂々と英語を教えるということになるのである。

淵田参謀が戦っていた「敵」と、現実の「敵」が、乖離していたごとくである。

ある日本のコメンテータは、こういう。ネイティブが話す英語で
  • we can
  • weekend
は、何度、聴いても判別ができない ―― と。

ただ、わずかな相違を聞き分けることは、ネイティブでも難しいらしい。前後の脈絡で判断しているにすぎない(らしい)。こういうことは、英語ができる、できないの本質的問題ではないのだが...。

奥行きはあるが幅がない近視眼的思考


さらに加えて、日本は科学技術において、日本語で、世界標準を凌駕しつつある ―― この確信が運命の分かれ目だった。いわゆる「高度経済成長」のときである。

しかし、この方式が『世界標準』でないことは、はっきりと何度でも強調しておこう。その是非の判断は、賢明なる読者諸氏におまかせする。

しかし、日本がおちいりやすい行動様式として、なにゆえ、「袋小路 dead end」におちいるのかは、今後も大いに反省と研究の余地がある。

LED技術を基礎にした液晶テレビは、日本のメーカーが世界をリードした。しかし、今はその勢いは片鱗もない。

「ウォークマン」で世界を凌駕したメーカーが、なぜ、その次世代の i-Tuneやi-Phoneを作れなかったのか。世界最大の口径をもつ戦艦を作る技術が、なぜ、航空戦を想定することができなかったのか。これを挙げれば、数限りない。



2017/10/02

欧米が「慰安婦問題」で日本に味方する本当の理由

欧米諸国、日本に「慰安婦問題」を絶対に認めてほしくはない


本稿では、いわゆる「慰安婦問題」の真偽や是非を論じることはしない。

ここで考察したいのは、その議論をめぐって、最近は欧米のさまざまな識者らが某国の主張を問題、もしくは、やり過ぎとして「日本に味方」しているかのような考え方の背景 ― ここに存在する世界史的問題についてである。

欧米がなぜ日本のことを心配してくれるのか

しかし、彼ら欧米諸国は決して日本のことを心配してくれるほどのお人好しではない。では、なぜか? なぜ、彼ら欧米諸国は日本の肩を持つのか? それは彼らの国家利益と大きく関係しているからである。

近世の世界史をもう一度、さめた眼で見てみると

ヨーロッパへ旅行すれば見ることができる、壮麗な建築物、教会の大伽藍。たとえば、ほとんど国内に産業らしい産業などが存在しないオランダの街並みが、なぜあのような華麗な建築物に満ちているのか。これらを社会経済史的に見て、どうなっているのかと考えたことはないだろうか。

欧米は、とりわけ大航海時代以降、世界に進出して植民地獲得に狂奔し、そこでは侵略を正当化するため、あらゆる悪徳と不正が行われた。したがって欧米諸国は、日本が「慰安婦問題」を認めて謝罪するときわめて困難な立場に立たされることになるのである。

それら欧米植民地については、今やすべて歴史の彼方の物語とされていて、しいていえば「時効」である。

日本の謝罪外交がもたらす恐怖のシナリオ

ところが、もし今後も日本が某国の要求に応じ、「賠償金」を支払い続けるのであれば、同様な論拠と理由で植民地支配や侵攻における戦乱、さらにそれにともなった破壊、殺人、暴行、そしてそもそもの搾取にたいし「賠償」しなければならない「前例」が確立することになる。

これら植民地支配にともなう損失が、補償、賠償の対象とすることが正当であると仮定すれば、それは想像を絶するぼう大な金額となろう。

なぜならば、世界史をひもとけば容易にわかるが、欧米が過去数百年にわたり、アジア、アフリカ、北米、南米に対して行ってきた侵略と暴虐、そして収奪、搾取の歴史は言語に絶する過酷なものであって、たとえ日本による「慰安婦問題」が某国の主張通りであったとしても、それとは比較をはるかに絶する、はるかにケタのスケールが違う、ぼう大な件数と量だからである。

日本が世界紛争の導火線に火をつける

つまり、日本は、これらの植民地支配被害国が行うかもしれない「主張」がかろうじて鎮静化しているという危うい均衡の状況にある現代において、あろうことかこの均衡を破り、いわば
地獄のカマのフタを開く
これを実行しようとしているのである。「慰安婦問題」の補償をおこなうことによって。

いったん「フタ」が開いてしまえば、世界中の植民地被支配経験国が一斉に補償の要求を、旧宗主国に対し行うであろうし、要求された側はこれに絶対に応じることはないであろう。そもそも応じようにも、支払うための原資など、今さらどこにもありはしない。

ではどうなるか。この際限のない「補償」をめぐっての、際限のない議論が開始されるであろう。さらにこの応酬が続くうちに過激派的な勢力が成長し、格好の根拠として自己正当化を行い活動を開始するであろう。
 

第三次世界大戦が始まるのか


これはもう、ほとんど、多数の国々を巻き込んだ新たな「第三次世界大戦」の招来である。この恐怖のシナリオが開始された世界を想像してみよう。そうなればもう世界の崩壊である。

問題だったのは、ここまでのシナリオを想像すらできなかった日本の政治家の力量と定見のなさである。

誠意をもって謝罪すれば相手はその誠意を受け止め、感謝をもって受け入れるに違いないなどという感傷的な楽観主義。国際政治の現実は、そのように甘いものではなく、楽観的ではない。

現実に某国は日本の謝罪が行われるたびに、「ゆるし」の「しきい値」をつり上げ、どこまでやっても際限がない。これこそが国際政治の現実であって、日本の政治家の政治感覚が間違っているのである。

そしてこれが、今こそ決定的に重大な結果をもたらそうとしている。

つまり、「平和国家」であるはずの日本が、第三次大戦勃発の引き金に「ユビ」をかけているのである。ああ、なんたる皮肉であろうか。そして気がついてみれば、これは「いつか来た道」だった。

大東亜戦争は植民地開放戦争だったはず、それが...


大東亜戦争(太平洋戦争)のそもそもの戦争目的とは、アジアの植民地開放ではなかったか。

先の大戦では、欧米からの輸入に依存していた日本の基本的かつ必要不可欠な物資が、戦略物資として貿易による供給が停止され、日本は開戦せざるをえなくなった。

そこで日本は、そもそもこれら資源供給源を欧米が抑えていること自体が問題であるとして、植民地となっていたアジア資源供給地である植民地を「開放する」ことを旗印とした。資源供給を求めての生存をかけての戦いだった。

たとえば、インドネシアは350年前に進駐したオランダにより植民地となった。インドネシアが独立したのは、第二次大戦終了後にすぎない。その間、収奪され続けたわけであり、インドネシアはまったく歴史が停止したままという状態だった。

この収奪による「未払い」を「決済」しようとすれば、まずその算定をめぐって激烈な議論となろうし、その総額がどうなるのかは想像もつかない。

これらはいづれも、日本と某国とのあいだにたとえ「慰安婦問題」が実際に存在したとしても、それとは比較を絶する期間と規模と苛酷さをもって行われたからである。

これこそが、日本により「地獄のかまのフタが開かれる」というゆえんである。








2017/09/13

ネズミの恐怖 ― ネコの効用のすすめ

一時期、カラスがゴミあさりする風情がさかんに映像化され、その不気味さがとりざたされたものだ。しかし、ネズミの戦慄すべき恐怖は、そんななまやさしいものではない。カラスはただ映像化しやすいだけのことで、遠くから一時的に飛来するだけだが、ネズミはいつも人間と行動をともにしている ― つまり、あなたがいる場所の床下・天井裏・カベ裏にあなたとともに存在する。常時だ。

これを読めば、絶叫まちがいなしだ。



そして、あまりの現実に戦慄し、街なかにおけるネコの存在理由(レゾン・デートル raison d'être)に同意せざるをえなくなるだろう。もう、たんなる好き嫌いのレベルのお話ではない。もう、ネコを活用するほかはないのだということが、分かるようになる。

ネズミは、ネコがどうこうという他愛のないお話のレベルではなく、比較を絶する恐ろしさであることを認識すべきである。中世ヨーロッパは、これによって壊滅的な人口減となり、千年にわたって文明が停滞した。たとえば、ヘルマン・ヘッセの文学作品「知と愛」に、このペストによる凄惨な社会崩壊が描写されている。

ネズミはこんなに活動している


ネズミの活動を統計的に話してみても、なんらの説得力はない。そんなものは他で調べてほしい。ここでは筆者が自分で見聞したことを書いておく。私事ではあるが、筆者は視力、とりわけ動体視力の数値が異様に高い。満月のとき、月面にウサギさんがいて、その長く垂れ下がったミミのなかに「耳あか」があるのも「肉眼」で見える。 だから見たくもないものでも見えてしまうことが少なくない。

東京23区内、道路一面にヒタヒタと

本稿を書いたのは、これを目撃したからだ。

早朝に近い深夜、まだ暗い。裏通りの、車両が両方向に通れる舗装道。車、人通りとも、皆無。遠くから、水か何かがわずかにヒタヒタと波打って流れてくる。雨でもないのに、なぜ? 水道管の破裂か? さらに、音もなく近づいてくる。そしてよく見ると、これがネズミの大群! 道路一面に、数十匹、あるいは百匹を超えているか。ホラー映画のような異様な光景! ゾッとして総毛立ち足がすくむ。悲鳴をあげたいほどの恐怖感だ。

東京都心「白山通り」繁華街の歩道

夕方、もう暗い。歩行者が多数、歩いているほんの1メートルほど離れた暗がりを、十数匹ほどのネズミが飛び跳ねながら、歩行者と並行して移動している。近くの通行人はだれ一人として、まったく気付かない。飛び跳ねたとき、尻尾が異様に長く、また、丸く見えたのが印象的。

セルフのガソリンスタンドで

深夜の都心近い店、まったくの無人。27時ころか。給油のため車外に出た。と、背後を何かが通りすぎる気配が。振り返ると、機材置場らしい所から何かが次々飛び出してくる。なんと、ネコほどもある大型のネズミ。ほんの数メートル先。目撃できたのは3、4匹ほど。尻尾が異様に長い。「こんな所で何をエサに?」と、後に店員さんに聞くと「ゴミの中の食品、それに古タイヤをかじっているのか」との説明だった。

都会の食料品の大規模店は

営業時間を過ぎれば夜中など、ネズミの天下だ。彼らをさえぎるものは、なにもない。また、近隣にビルの建替えなどがあると、大挙して転居してくるという。そんなお店で、われわれはノンキに、お買い物をしているのだ。さりとて、買わないわけにもいかず...。

外食店、居酒屋、ファミレス:夜間は

きらびやかなお店も夜は一変する。閉店後、空調を止め、次の開店までの夜間のバックヤード。そこは、強烈な悪臭。床、壁は、すべて、湿気と汚水、油汚れでヌルヌル、ベタベタ、ドロドロ。辺り一面、黒カビで真っ黒。散乱する残飯の破片、ホコリ、濡れた床...。視界の限りの汚れと湿気で息づまる。当然、夜間は大量のゴキブリとネズミの天下である。 それでも我々はそんなところで飲食せねばならないのだ。

ネズミ撃退、ネコがいちばん安全で経済的


対策は、専門業者による駆除・薬剤散布、特殊な音波を発生する装置により駆逐する方法、殺鼠剤、粘着剤などネズミ捕り器 ― こんな方法があるとされている。

しかし、どれも高額であり永続性にとぼしい。さらに、ネズミの高度な学習能力により無力化するもの、薬剤が危険すぎることも見逃せない。なんでもかんでも新薬、これは、大間違いなのだ。耐性菌がパンデミックを起こし、猛威をふるえば、もう処置なしで制御不能だ。この分野では、いったいなにが起こるのか、だれも分からず予知できない。こんなリスクに足を踏み入れてはいけない。

街なかの公園などでは、児童のための砂場をネコに対して防護するネットなどを見受けるが、ネズミに対してはまったく無防備なのがまことに不可解ではある。ここも深夜はゴミをあさりに大量のネズミが集結している。のらネコを駆除している場合ではないのだ。

シカゴ・ビール醸造所、ネコ導入の成功例

アメリカ、シカゴのあるビール醸造所では、ネズミの被害に万策尽き、ついに数匹のネコを保護施設からもらい受けて住まわせることによって、ようやくネズミを駆逐したと報じている(← リンク)。ネコの移動時に発する音型(足音)、人間には感知できないネコの臭いなどにより、ネズミは「天敵」の存在を感知し、直ちに逃避行動を取るという。

オオカミの糞を上野動物園にもらいにくる農家
サル対策として

山村などでは近年、村里の人口減少などの理由でサルなどによる農作物被害が多くなっている。犬の放し飼いができなくなったせいでもある。これへのもっとも効果的な対策の一つは、オオカミの糞を農耕地に置いておくことだという。犬、オオカミは、サルの天敵なのだ。これで、サルは近づかなくなる。オオカミ、ライオンなどの糞は、サルを寄せ付けない。

このように、自然の摂理のうちにあって対応をはかるのが、もっとも安全で安上がりなのだ。


リンドバーグ ― 神の視座へ近づいた男の見た戦場

チャールズ A. リンドバーグ Charles A. Lindbergh は、1927年に「スピリット・オブ・セントルイス」号により大西洋無着陸単独飛行を最初に行い、
翼よ、あれがパリの灯だ
を書いて「ピュリッツァー賞」を受賞した冒険家として知られ、この手記は映画化もされた。

リンドバーグとセントルイス号
チャールズ A. リンドバーグ 1902 - 1974

しかし、第二次大戦中は、パイロットして日本軍とも戦い、ゼロ戦と空中戦を行ったこともあることは、日本ではあまり知られていない。また一兵士としてよりは軍事顧問的な立場であったので、従軍中、太平洋戦線で展開されたさまざまな戦いを、自身の『日記』を書き残すことにより、戦争の実態を覚めた眼で記録することができた。

神の視座から見た戦場の真実


そこには歴史史料やいわゆる「戦記」にはまったく記録されていない、おどろくべき真実の記録がある。それらは、同じように欧州戦線をパイロットとして戦った『星の王子さま』のサン=テグジュペリ(フランス)と共通した、ある特別な視座から見た歴史の一側面であったのだろう。それは、ともに、神の高みから見た人間の愚かしさへの痛烈な『おもい』に満ちている。

比較的人道的であった(とされていた)米軍など連合軍の、じつは鬼畜にも等しい残虐な所業がなんのためらいもなく記録され、すでに当時においてリンドバーグは心を痛め激しく批判している。眼下にひろがる地平は、言いようのない残虐と悪徳に満ちていたのだ。

戦争とは、人間とは何かを考える、ほとんど知られていない第一級の史料である。

降伏する日本兵の運命


日本軍に降伏はないとよく言われてきたが、そんなことはない。ただ、米軍の「兵士が戦場で捕虜を取ろうとしない(受け入れない)」ことが原因であったという。
捕虜をとった場合でも、英語を話せる者は尋問のため連行され、あとの連中は「一人も捕虜にされなかった」(ブログ筆者注:つまり無抵抗の捕虜を「殺害した」)

一部の海兵隊員はスーベニア用の金歯を手にいれるべく日本軍将兵の遺体を掘り起こしたそうだ。

オーストラリア軍の連中はもっとひどい。日本軍の捕虜を輸送機で南の方へ送らねばならなくなっっとき...捕虜を(飛行中の)機上から山中へ突き落とし、ジャップはハラキリをやっちまったと報告した...

日本軍の野戦病院を占領したとき...わが軍が通り抜けたとき、生存者は一人も残さなかった...(ブログ筆者注:つまり無抵抗の傷病者の捕虜を「全員殺害した」)
 こういう記録が、これでもかこれでもかと書かれている。 日本兵の頭蓋骨や大腿骨のペーパーナイフが「みやげ物」として取引され、これを作るために戦死体の頭部を「煮る」ことが流行し、金歯を取るための死体損壊が横行したという。

これらのことを、リンドバーグは、
別世界を映画館でスクリーンを眺めるように、操縦士は島の地表から隔絶されているのである。...
近代戦にあっては、殺戮は距離をおいて行われ、しかも殺戮を行うにあたり、人間を殺しているという意識すら湧かないのだ。
と、悲嘆している。

参考文献:
チャールズ A. リンドバーグ 著、新庄哲夫 訳
リンドバーグ第二次大戦日記(上・下巻)
平成28年 角川書店