2019/08/11

STAP細胞研究への試論

何が科学的真実だったのか

理化学研究所における「STAP細胞研究」の一連の経緯については、多くが語られ、報道され、論評された。

しかしながら、決定的なことのいくつかはどこにも語られないままである。

そこで本稿では、試論的に、あえてこの「事件」の背景と意味を論ずる。「事件」とここで称しているのは、STAP細胞研究そのもののや、その研究者たちの人物像を対象としているのではない。

それに関わる研究機関、報道のありかた、あるいは本来的な科学的意義についての考察である。

ガリレオの宗教裁判

ガリレオが「地動説」を唱えたとき、その時代の知性はいっせいにガリレオに反発し攻撃した。

STAP細胞の「実在」については、いったんは「ノーベル賞級の...」とほめそやし、追試ができない(つまり、確認できない)となると、一転してあたかも「魔女狩り」的な宗教裁判の様相を呈した。

多くの「科学者」が(科学者ではなく「科学者」なる人々、が)、われこそは正しいといわんばかりに"したり顔"で、論評した。

しかし、「追試ができない」ということと、「科学的に実在しない」ことは、まったく意味が違う。ガリレオの時代、地動説は科学的に証明が困難な事象だった。だから、当時の知性はこれを認めなかったのである。

STAP細胞は、もしかしたら、千年の後にその実在が証明されるかもしれない。今回の事件の論評のなかにそのような視点をもつ考え方が、まったく表明されないのは、まったく不可思議である。「存在する」ことは、そのものを示せばそれで充分だが、「存在しない」ことを証明することは無益、あるいは不可能であるからだ。これは、いわゆる「悪魔の証明」として自明とされている。

アインシュタインとボーアの論争

もう、一つ。
ショウペンハウエル『意思と表象としての世界』
という著書がある。

ショウペンハウエルとは、「デカンショ節」に出て来るあの『デカルト、カント、ショウペンハウエル』の一人だ。難解な三大ドイツ哲学のひとつだ。ここでは「世界は私の表象である」と言っている。これは言葉・観念の『遊び』のようなものだが、ところがどっこい、その後、これが量子力学において、同じようなことを言っている。こうなるとショウペンハウエルの独擅場だ。

これは「見えている世界は、実はすべて、私(の意志)が作り出したもの」と言っているのだ。つまり、観測者が存在するか否かで、実験の結果が違ってくるという事実だ。

つまり『私』が見ているか否かで、物理現象の結果が違っているという実験結果に、最新の科学も、明確な説明ができないというあの論争だ。相対性理論の創始者であるA. アインシュタインは最後まで(死の直前まで)「月は、私が見ようと見まいと、そこに存在する」と、量子力学の創始者であるN. ボーアと論争した。量子力学の『奇怪さ』、さらに相対論の途方もない理解不能さではあるが、最近では、もうGPSなどでその成果がスマホの中ですら使われている。

そして、科学とはこのように論争している状態が、正しいのだ。

生命現象は、きわめて複雑であって単純ではなく、アインシュタイン=ボーアが論争した「電子のスリット実験」のような単純な事象ではない。

見ていると(観測者が存在すると)結果が変わるという事象が、これが、それこそ幾重にも重なり、さまざまな観測結果がありうるのではないか。

これが、あの理化学研究所の一派が言いたかったことではないか。と言うより、この後、千年が経ってから立証されるかも知れない。少なくとも、現在、誰一人、この主張がない。

ガリレオが地動説を主張し裁判にまでかけられたとき、おそらく、彼は途方もない(トンデモナイ)人物だとされたに違いない。このワダチの弊を、また、たどっているのはないか。少なくとも、今、誰一人、この主張がない。

日本の歪んだジャーナリズム

言いたいのは、このようなどこにでもある、下世話な『不正』としてだけ、STAP騒動と言われているこの一件を描写してしまっていいのか、ということ。『記者クラブ』連中はじめ、識者先生も『週刊◯春』どころか『■■■芸能』的な、物言いしかない。

そして、したり顔の『~新聞科学部記者』が聞いてあきれる。ほんとにやる気があるのか、と。「記者クラブ」で配布される資料で提灯記事を書くだけの低能ぶりのくせに、あたかも宗教裁判の判事気取りだ。

『◯氏』を悪く書けば書くほど、雑誌は売れ、世間は沸き返る。新聞・雑誌などマスコミは、STAPができようができまいが、どっちに転んでも儲かってしようがなく、笑いが止まらない。

ここでも『記者クラブ』連中の全能感が、横溢している――世界は(ホトケ様の手のひらの上で展開していたように)吾が手中にある、と。それに、オンナがらみのスキャンダル記事は、もういい。そのコトと、科学のことは別にして書いてくれないだろうか。

日本で重厚な真のジャーナリズムが育たなかったのは、きわめて残念であり、幾多の罪過を残してきた。

みんなペラペラ。戦争を煽り、世をその惨禍に追いやり、負けたとなると、今度は自分たちだけは『良識』を装い、戦い破れてボロボロになった連中をたたく――これがその常套手段。メディアの諸君は、今回もこれをやった。

カネとオンナ――これは陳腐な話題だが、科学とオンナ――オッ、これはイケると踏んだのだろう。こんな三文雑誌屋・新聞屋のペテンにかかっていてよいのだろうか。

こんな新聞・雑誌屋、『記者クラブ』で「我こそは、この世の良心なり」とふんぞり返っている連中を、これを機会に粉砕したい。

さらに、諸般の経緯が「ガリレオの裁判の、再来」とも言えるということを、指摘しておきたい。



2019/04/20

パリ、ノートルダム大聖堂の火災-ヨーロッパはどうなる

火災事故をいたむ・・・が、しかし

フランス、パリのノートルダム大聖堂の火災では、歴史的建造物が大きく損傷した。残念でならない事故であるが、ここからさまざまなことが見えてくる。これについて論ずる。

ここで展開する分析とは、これはあるいは「神の鉄槌」ではないのかということである。

旧約聖書では、旧約の「神」はかつて、ソドムとゴムラという背徳の都市を焼き払ったとされている。

大航海時代以降のヨーロッパの植民地主義の苛烈さ、残虐さは言語を絶するものだった。フランスも例外ではない。日本が第二次大戦に先立ち、「仏印進駐」と称してフランス勢力を駆逐するまで、ベトナムに居座っていた。地中海の対岸のアルジェリア、アフリカの国々のいくつかもまたフランスの植民地だった。インドネシアはオランダが350年間、植民地として搾取した。

ヨーロッパの国々は、その覇権を獲得するために狂奔した。当時のキリスト教は、その植民地取得のための「先兵」として送り込まれ、アジア、アフリカの国々を先ずは内部から崩壊させ、しかる後に植民地としたのである。あろうことか、「キリスト教」の名において侵略したのだ。

きわめて残念なことに、現近代のヨーロッパの知識人、思想家、あるいは、キリスト教の聖職者といわれる人々の思想や論調においても、これへの分析や批判、反省はきわめてまれである。

この植民地主義の下での人道に反する搾取は、第二次大戦が終結するまで数百年間にわたり、行われたのだ。

神による歴史批判なのか?


だから、神は背徳の国々の本拠ともいうべきフランスのパリを、少しだけではあるが、炎上させたもうたと言いたいのだ。神の怒りだったのだ。

今回の火災へのさまざまな「識者」のコメントにも、これらは、まったく言及がない。これでいいのか? 聖職者、教会関係者として、信仰のもとにある者としてほんとうにこれでよいのか? どうなのだ。

新約聖書によると、イエス・キリストは、ここに指摘した問題提起に極似することを実行している。神殿、つまり「神のやしろ」で出店して商売する人々の施設を破壊してまわったのだ。イエスは、ときとして「過激派」であり、ただ静かに祈る存在だけではなかった。

パリ、その驚くべき凋落ぶり


そもそも今回の火災は「修復工事」にともなって、発生したとされる。まことに不可解ではある。またその原因・経緯すら発表されていない。

いったい、何のための「修復」だったのだ。こんな「修復」なら、はじめからしなければよかったのだ。

シテ島は美しい。だが、それ以外のパリの街路は、現代の日本では考えられないほどの汚濁と混乱に満ちている。広い表通りは美しいが、その裏通りは、散乱する大量のゴミと、きわめて不快な排泄物の臭気に満ちている。一流ホテルは良好なのだろうが、「普通」かそれ以下のホテルは設備の老朽化、応対品質のはなはだしい低下が顕著であり、耐え難い。

したがって、きわめて感覚的で雑駁な言い方をすれば、今回の火災事故は、そのお粗末さ加減からして何らの不思議はない。その原因・経過すら不明であっても。

そして...

パリは燃えているか? ―― かつて、こう叫んだ歴史上の人物が存在したが、そう、今こそパリは炎上したのだ。











2018/12/30

IWC離脱、戦前の「国際連盟」脱退と相似形

日本は、IWC(国際捕鯨委員会)からの離脱を表明した。これをめぐってさまざまな議論があろうが、これはかつて日本が歩んだ暗い歴史 ―― 国際連盟からの脱退と相似形である。

この離脱にいたるまで、日本の挙動についてIWCでどのような議論や決議が行われたのか、それはきわめて重要なことではあるが決定的な問題ではない。問題はこのような岐路において離脱を選択したという事実である。「非を認めて逃げた」という解釈が成り立ちうる選択肢であろう。

なぜその場に残って議論をねばり強く続けないのか。かつて、このような選択を行い、解決のない混迷に突き進んだ暗い歴史があったことは、その後、重大な結果をむかえてからさまざまな人々が幾度も悔恨の言辞を通じて表明してきたことではないか。500万人にも及ぶ戦死者は何のために死んだのだ?

なぜ? なぜ放り出して、議論の場から立ち去ったのか?

IWCにおいて議論を続けよ


日本は1931年に、日本の現地軍(中国大陸に駐屯する日本軍)が「満州国」を建国した。

このとき、1933年2月、国際連盟総会は「リットン調査団」報告書を審議し、日本の代表である外相松岡洋右は満州国を自主的に独立した国家であると主張したが、審議の結果、反対は日本のみ、賛成が42カ国で可決された。 これを受けて日本政府は翌3月、国際連盟脱退を通告した。

当時の混乱した中国の事情を見れば、「満州国」の存在も許容できうるものであろうが、ここでは、その議論を行わない。

それからの日本の国際的な孤立は、歴史にある通りである。ついに1941年、真珠湾攻撃と同時に太平洋戦争開始。1945年、敗戦となる。500万人にもおよぶぼう大な戦死者、焦土と化した国土、原爆、...。

もしあのとき、国際連盟を脱退することなく議論を続けていれば歴史は大きく変わっていただろう。日本人の気質として、「議論」を避ける、「議論」はもはや交渉が決裂した状況であると考えてしまう傾向がある。しかしこれは大きな間違い。欧米を始めとする国際社会では、「議論」はたんに交渉が始まったにすぎないのである。

反捕鯨国勢力は今回の日本の選択について、日本を一気に土俵際まで追い詰めたとほくそ笑んでいるであろうに違いない。

これを見れば、このIWC離脱は、まさしく、この「国際連盟脱退」と相似形であると知れる。

日本の政治家の繊細すぎる政治感覚が問われよう。また、一部の海外のメディアは「シーシェパードの勝利」などと報じている。問題を中途で投げ出したと解釈されるであろうことは、論をまたない。

日本は断じて、IWC(国際捕鯨委員会)に残留し、その正当性をねばり強く主張すべきである。どうしてそれができないのだろうか。

孟子いわく
自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば、千万人と雖も、吾往かん
と。

もし、IWCにおける日本代表があのW, チャーチルであれば、論戦ですべてをひっくり返し、新たな展開を切り開いたであろう。

日本代表よ、しっかりせよ。何をおそれ、何をためらっているのか?

捕鯨そのものより、IWC離脱が世界で悪評


たとえば、国連環境委員会の議長だった、エリック・ソルヘイム氏は、BBCに対し
日本のIWC離脱はきわめて危険だ。日本に再考を求める。これでは、せっかく合意してきた合意事項が、各国の利害で空中分解してしまうことにつながる...。
Japan will start commercial whaling.
Let’s ask Japan to reconsider!
It’s dangerous when nations break out of global agreements and start setting their own rules.
とコメント。世界で悪評なのだ。これでは捕鯨どころではなくなるのでは...。主張があれば交渉のテーブルから去ることなく自己主張し続けるするのが国際社会での鉄則なのだ。

世界の論調は日本にきわめて手きびしい。日本代表よ、席に戻れ! あくまで、ひるむことなく主張せよ。



2018/12/09

移民による労働力依存は亡国の第一歩

日本は移民により、安易に新たな労働力を獲得しようとしている。そもそも、かくも大胆にカジをきる必要があるのだろうか。なぜ、こうなったのだろうか。

また、それにより何がもたらされるのだろうか。それを論じてみたい。

「品質」についての過剰で貪欲で異常な要求


コンビニ・スーパーなど小売店における消費者の品質への要求は、必要な限度をとっくに超越し、その実態はもはや、世界屈指の異常な状況になっている。コンビニなどへは「品質・鮮度保持」と称して、一日に何度も少量づつを配送するために車両、そして人員を配備し、それを駆動するための多大な燃料を消費しているのである。

これが物価を押し上げていることは言うまでもなく、また、ぼう大なの労力と資源を必要としていることも容易に理解できることである。これらの「労力と資源」は、間違いなく、まったく無駄に浪費されているのである。

また、日本の生産物の「品質」は世界一であると誇らしげに豪語しているが、これは同時に大量の資源と労力を浪費していることと表裏一体なのである。「品質保持」を実現するため、大量の廃棄物 ―― 消費期限切れと称して ―― が発生しているのである。

嘆かわしいのは、このことを論点とした経済学者など専門家、流通のプロからの提言・指摘がまったく聞こえてこないことである。いったい、彼らは何をしているのか?

日本人は、ピカピカの製品、みずみずしい野菜、やわらかな精肉、出来立ての料理...が、あたりまえで当然とするようになった。これは、一面において大いなる堕落である。ほんの少し前の日本人は、一粒のコメを、大切に食べていたのものだ。日本人の精神構造は、ある時点で、完全に崩壊したのだ。

古代ローマ帝国がなにゆえに滅んだか? 帝国全土から流入する物資をふんだんに消費し、市民は競技場などでの連日の遊興を楽しむのみで、生産・建設への気風を失ったからに他ならない。では古代ローマ市民は必要とする労力をどこから調達したか? 属州からの「奴隷」の調達でまかなっていたのである。

今回の日本の選択に、相似形で重なるのであろう。

そして、そもそも、まったく論じられないことであるが、われわれ日本人は悲しいことに、組織だって「人肉」を食べざるをえなかった人類最後の民族なのである。フィリピンのレイテ島、ルソン島、ニューギニアの島々などにおいて...。ほんの70年前のことだ。

「野坂昭如『火垂るの墓』は、つい昨日のことなのだ。

その、ほんの少し以前までろくに喰えもしなかった日本人が何を血迷って、ゼイタクをするのだ。

「徴用工問題」すら解決していないのに...


現時点で日本で労働する「技能実習生」すら、やがて母国に帰り、しばらくしてその時点での日本人一般との労賃の格差についてこれを「未払い」とし、大規模な訴訟を起こすであろうことは想像に難くない。その覚悟はあるのだろうか。

さらに、先の大戦までに某国などから調達した労働力について、その支払を求められている(徴用工問題)。これについて解決の端緒すら見出すことができないでいる。幾度も、どのような「解決」を講じても、彼らは何度でも「未払い」と称して請求してくるのである。

これらを解決することすらできていないのに、いったい、どうするのだ。

日米近現代史研究家の渡辺惣樹氏は、
移民との蜜月は長く続かない...
として、日米間のあの戦争も、日本からアメリカへの移民が原因の一つだったと、鋭く指摘している。(2019/01/16 産経新聞)

欧米の植民地主義の結末は


ロンドンやパリは、もはやかつての精彩はない。かつて「花の都」と謳われたパリは、いたるところゴミだらけであり、裏通りは異様な臭気に満ちている。日本はこのような選択を、今こそ行おうとしている。

さあ、どうする。それでも、やるのか?



2018/09/30

日本の国家機関を徘徊する無気力という妖怪

一匹の妖怪(ようかい)が、日本の国家機関を徘徊(はいかい)している──無気力という妖怪が。およそ古い日本のすべての権力が、この妖怪を祓い(はらい)清めるという神聖な目的など考えもせず、同盟を結んでいる。 

この
    一匹の妖怪が...徘徊している。
    妖怪を...せず..
とは、マルクスの『共産党宣言』序文に書かれている有名な言い回しである。

そして、この「妖怪」が、今こそ、日本の国家機関を徘徊している ― 祓い清めることもされずに...。 

 昼夜を分かたずの無気力 

 民間の企業であれば、出世コースを外され、能力を問われて傘下企業へ「肩たたき」で追放、あるいは、退職を勧奨されることがある。そうしなければその企業自体が競争に負けて困難な状況となり、存在理由を問われるからだ。 

ところが、日本の国家機関では、それがない。仕事がなくてもデスク脇のソファーで夕方までは、ご同様な境遇の「同僚」と、すし屋にあるような大型の湯のみ茶碗を持ち寄って茶飲み話をやり、就業時間が過ぎれば、それをビールに切り替えて楽しい時間を毎日、過ごせるのだ。もちろん、この人々の人件費も税金から支払われている。

文字通りの「穀潰し(ごくつぶし)」である。 某中央官庁の地下の、ある「地下売店」は、大瓶20本入りのビール瓶ケースを大型台車に積載しての納入に、毎日、大忙しであった。1フロアで、毎日々々、数十ケース、全階で数百ケース、本数にして数千本は納入しなければならない大得意様である。それはもう、ああ、もうかって仕方がない。詳細は、他稿ですでに書いておいた。 

ゴルバチョフは見た 

かつて、ソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)の最後の大統領、ゴルバチョフ氏(ミハイル・セルゲーエヴィチ・ゴルバチョフ)は記者会見で、西側の記者から社会主義の非効率をなじられたとき、ニヤリとして、 いや、社会主義が、ただひとつ、成功している先進国がある。 それは、日本だ。 と言ったと伝えられる。 現実に、筆者のある知人がソ連時代の首都モスクワへ行ったときの話だが ――: 

港のトイレ内の広いフロアに、清掃用モップを持った「彫像」がある。さすが「労働者の国」と感心して近寄ってよく見ると、なんとそれは人間の掃除夫さん。 なぜなら、わずかに、非常にゆっくりとスローモーション映画のようにわずかに動いている。何かのパフォーマンスなのか? あるいは、ノンキで不思議な清掃員だといぶかりながら通り過ぎた。そして数時間後、やはりその同じトイレへ行くと、彼は、なっ、なんと、ほんの数メーター先の位置で彫像のように、まったく同じ動作をしていたそうである。 彼は、その「ノルマ」をこなすためだけに、彫像に近い緩慢な動作を、大まじめに、平然と、公然と、厳粛に、「労働者」の矜持を持って、誇らかに、行っていたのだ。 

かの清掃員氏には、これこそが共産主義国家における労働者の偉大な「仕事」だったのだ。 しかし、笑うなかれ、日本の中央官庁は、じつは、このような状況と大差ない。さすが慧眼(けいがん)のゴルバチョフ大統領は、よくこの状況をすっかり見通していた。日本の中央官庁の体たらくを(スパイを使ってか?)すっかり把握し、知っていたのだ。前述の清掃員氏のほうが、わが日本の某省庁でビールをあおっている自堕落な連中より、ほんのわずかに、ましではあるが...。 あのゴルバチョフ閣下も驚愕の事実だ。そして、これが北◯◯なら、いくらなんでもこのまま放置はしないだろう。全員を機関砲で銃殺かな...。 

省庁に必ず存在する「記者クラブ」がなぜ問題なのか ?
 
役所で、ろくに仕事もせずに楽しくビールを飲んでいる連中が、もし万一、存在すれば、これを記事にして告発するのが、メディアの重要な仕事なのだが、わが日本では、絶対にこれをやらない。やれない。なぜか? かれらは「記者クラブ」という制度において、特権的に、これら省庁の「飼い犬」となっているからだ。およそこの世には、飼い主に噛みつく飼い犬はいない。これをやれば、飼い犬は放逐され、野良犬となる。だからひたすら「大本営発表」方式で、21世紀にもなったというに、有り難く報道しているのだ。 各省庁におごそかに鎮座する「記者クラブ」室とは、飼い犬の『犬小屋』なのだ。 

「無気力という妖怪」に対しての、ほとんど唯一の特効薬は、メディア・報道機関からの告発・摘発・つっこみなのだが、わが日本においては、これはほとんど効果がない。効かない薬なのだ。だれもこんな記事を書かないからだ。いや、むしろ、「妖怪」さんたちを元気づけるに寄与しているとさえ言える。 

ごくまれに、きわめて優秀で、なおかつ、国家を憂え、この士気が低下して弛み切った状況を憂え、改革しようとするような気高い志操(こころざし)を持つ官僚が省庁内にあらわれることがある。しかし、これを葬り去るのは簡単、容易である。このように組織に対して負荷を高めるような、そんなとんでもない高い志操の持ち主は、凡百の小役人にとっては百害こそあれ何の利益をもたらさない。わずらわしいだけの存在だ。 

組織の結束や調和を乱すものは、すべからく排除の対象となる。これを、社会主義国家群では、「粛清(しゅくせい)」という。組織の安泰こそが、その存在目的、存在理由となる。 業績への毀誉褒貶(きよほうへん)、世間の評価などは、いかようにでもできる。スキャンダルでもなんでも、探しだすのは、そんなに難しいことではない。さらにそれに加えて、メディア、マスコミはこぞって、協力し助けてくれる。「世論」など、メディアを使えば容易に操作できる。 こうして、「お役所」と「記者クラブ」は、和気あいあい、濃密な関係でおたがいが持ちつ持たれつで、すっかり出来上がっているのだ。彼ら、それぞれが、みずからの存立自体のみが自己目的となっているからだ。 

これこそ、『旧ソ連圏』のいわゆる「社会主義国家」が目指していた理想郷ではなかったか? そう、「邪魔な存在は粛清」するのだ。

ゴルバチョフ氏の指摘は、きわめて、意味深長である。         

2018/09/23

靖国! ── [2] 陸海軍では靖国を警戒していた

かつてのこの国 ―― 大日本帝国には陸軍と海軍が存在した。これをあわせて帝国陸海軍と称した。

陸海軍の部隊が、靖国神社に部隊単位で拝礼したことがあったとしても、それは正式な作戦行動や陸海軍の行事としてではなく、あくまでその周辺的な行事として行ったにすぎない。そしてさらに重大なことは、帝国陸海軍では「靖国教徒」を警戒していたという事実である。


靖国教徒をもっとも警戒していたのは帝国陸軍


これは帝国陸海軍の従軍者の存命者が少なくなった現在、ほとんど語られない事実であり、敗戦以前であっても公然と語られることがなかった事実でもある。それは何と、陸軍ではいわゆる「靖国教徒」を警戒していたという事実である。

軍事組織は前線において、将校である指揮官(場合により下士官)の指揮のもと、一糸乱れぬ厳正な統率が行われなければならない。その時、この「指揮命令系統」と、それと併存する「靖国精神」が存在することは、作戦行動を行ううえで有害でこそあれ何らの助けとはならない。軍事組織としては当然の論理である。

したがって、とりわけ陸軍では「靖国!」と絶叫してヒステリー状態となるようなタイプの兵士を警戒し、「命令が絶対」であると諭(さと)していた。上官の命令は、天皇の命令(につながる)としていたのだ(「軍人勅諭」)。組織として行動するとき、さまざまな価値観が並存し、それをいちいち持ち出されては作戦行動が取れなくなるからだ。軍紀は厳正で絶対とされていたのだ。

現場の指揮官は、この「靖国キ●●イ」の扱いに苦慮していた。

そして、「軍人勅諭」「歩兵操典」などから始まるさまざまな「マニュアル」には「靖国」はただの一度も出てこない。命令の遂行において、命令系統が一直線であり疑義の余地はないとされていた。

これは他国のいかなる近代的な軍事組織においても同様であり、大日本帝国においても同様に行われた。

また、
「貴様、アーメンか!」
とクリスチャン(キリスト教徒)の部下兵士を罵倒し殴打したとしても、それは上官の正規の命令ではなく、ただの個人的な横暴にすぎないとされ、帝国陸海軍ではこれをも正式には厳禁していた。兵士は「陛下の兵」であって上官の私兵ではないからだ。

また、実際には頻発していた下士官による下級兵士に対する制裁や暴行も、建前としては厳禁していた。

しかし、もっとも恐れていたのは「靖国!」を絶叫し、指揮官による指揮統率に従おうとしないタイプである。

作戦行動の目的はすべて、敵の戦力を破砕し、戦意を喪失せしめることのみにある。それ以外のいかなる論理も、実際には過酷な軍事行動の命令への拒否として、とくに陸軍では大きな問題とされていた。したがって、陸軍では、なにかにつけて「靖国!」を絶叫するタイプを警戒していたのだ。

そしてこの事実すら、もはや、どのような文献にも記述されてはいない。この記事は、帝国陸軍における下級将校だった人物に直接、取材した事実にもとづいている。

問題は慰霊方式が確立していないということ


現在、日本の戦没兵士の慰霊の場としては「靖国神社」のみがそれに相当するかのように、識者までがそのように言及することがある。しかし、それはまったくの誤りである。

帝国陸海軍では、最高指揮官である「大元帥陛下(天皇を指す)」のため、もしくは天皇から授与された軍旗の栄光の下に死ぬことはあっても、それ以外の価値観を持ち込むことは絶対に許されなかった。そこには「靖国」が言及されることは絶対になかったのだ。

そして、あの、毎年の8月15日、特定の政治的あるいは反社会的勢力が結集し、大規模な道路占拠や品位を欠いた騒然たる示威行為がおこなわれる施設が、この国の唯一の戦死者の慰霊施設であるとしたら、これこそ、これらの騒乱こそ、戦死者に対しての冒とくであろう。このようなことで彼らの魂(たましい)が安んじるとは、とうてい考えられない。これこそ、彼らの事績を土足で踏みにじる行為であろう。

戦死者は、国家の戦争行為の発動としての行動中にその結果として死に至ったのであって、これを慰霊するのは、国家として、その国の国民として、当然に行わなければならない行為である。

また、戦死者には浄土真宗や日蓮宗などの「仏教徒」もいたし「キリスト教徒」も存在したのである。かれらは死後は「西方浄土」や「天国」へ召されると確信していたのである。なかには「何が靖国神社だ!」と反発した兵士もいたであろうし、さらに重大なこととして、昭和天皇は靖国神社へはある時点から絶対に参拝に訪れることはなかったことが挙げられる。

そして、さらなる問題は、国家がかつての戦死者をいかなる形式にせよ何らの尊崇と慰霊の姿勢を示さないことにある。ここに、本稿で問題とする、このいわゆる「靖国教」が入り込む余地があったのである。

あの、下品で粗野な「靖国症候群」とも呼称しうる行事・勢力が、使命を達成するために歴史に殉じた幾多の戦死者の魂(たましい)を、安んじられるはずがない。(使命 ―― これについては、本ブログの別稿において、述べる)

また、つい最近、朝鮮戦争における米軍の戦死者の遺骨が返還されたと報じられた。それだけではなく、第二次大戦の戦死者の回収については、連合国は非常な熱意をもって実行し、最大限の礼式と典礼をもって埋葬までの手続きを行ってきた。

兵士が各自、身につけていた「認識票」から個人特定を行い、墓標にはできうるかぎり正確にその姓名と没年を記述し、一人づつ墓標を建て埋葬している。正規の合衆国儀仗兵による葬列と葬送のラッパは、きわめて荘厳なものであり、一人ひとりが国旗に包まれて葬られる。この光景は、今を生きるわれわれに、立場の違いがあったとしても、さまざまなことを考えさせずにはおかない。

にもかかわらず、日本では戦死者に対して個々人の墓碑が建てられ、その姓名が記述されたことはない。残された遺族が個人で建立した墓標があっても、そこには一片の遺骨すらない。遺骨収集団が持ち帰ったとする「遺骨」は十把一絡げに大型容器に入ったままである。せめて、その地で戦没したであろう人物の氏名くらいは、記述できないものか...。なぜ、それすら、しないのだ? 

そして日本の戦死者は今もそのほとんどは、はるかなる山河や、深淵、あるいは、雲流るる果てに、捨て置かれ、放置されたままなのだ。その最期の瞬間に思い描いたのは、家族や祖国の風景であるに違いないのに...。

靖国教徒たちよ、それほどの情熱があるのなら、品位を欠いたあのような騒乱状態を演出するのではなく、真の慰霊の行動を開始せよ。

さあ、起て!靖国教徒よ


激戦が行われ、近年になってようやく日本へ返還された「硫黄島」では、今だに数万人の戦死者が、地中で、塹壕で、滑走路の下敷きとなって、放置されたままである。あの旧敵国において映画にさえされた、この島における当時の最高指揮官ですら、どこで戦死し、どこに埋められているのか、それすら解明されていない。誰も、この国の国家機関ですらこれを解明しようともしない。放置したまま知らぬ顔である。これはいったい、どうなっているのか。こんなことが許されるのか。

「靖国」でこれだけ議論しておきながら、この硫黄島の戦死者への扱いは、まったく理解ができない。また、あれだけ「靖国」で騒いでいる勢力も素知らぬ風情であることが、不思議でならない。

そして、そもそも、この「靖国!」と絶叫することと、靖国神社に祀られている(祀られるはずである?)戦死者とは、実際にはいかなる関係にあるのか、賢明なる読者諸氏には理解できる人物は存在するのであろうか。あれば、説明してほしい。筆者には少なくとも、まったく理解ができない。

真に、本当に、戦死者を心から悼む(いたむ)のなら、すべからく、靖国教徒たる者たちは、北は満州、南はパプア・ニューギニア、東はミッドウェー、西はインドにいたるまでの地域・海域に分け入り、300万ないし500万人に達するという戦死者の骨を、黙して拾って来るべきである。さあ、今ぞ起て、靖国教徒よ!

それでこそ、その努力こそが、はじめて彼ら、戦死者の魂(たましい)を救うことにつながるであろう。

そこで直面するであろう累々たる白骨や飛散した残骸に対峙することこそが、歴史の負の断面を、現代に生きるわれわれに深く考えさせることにつながるのである。これこそが「慰霊」なのである。

大岡昇平が描いた戦死者たち


作家の大岡昇平が書いた「レイテ戦記」には、日本の部隊(第57連隊)がフィリピンのレイテ島に上陸し、行軍を開始して直ぐにに米軍の砲撃を受け、「連隊旗」を奉持していた連隊旗手、田中忠美(たなか ただよし)少尉を直撃した、とある。少尉は戦死し、さらに他に戦死者、重傷者がでた。すぐに高橋少尉がそれに替わって、直ちに行軍を続けたという記述がある。この田中忠美少尉らはその地点に、放置されたのだ。
...200メートル前進してから、軍旗を身体に結びつけるバンドがないのに気がついた。内山軍曹が引き返し、田中少尉の死体からバンドをはずして持って帰った。
たとえば、この田中少尉の戦死体は、いったいだれが収容するのか? 「連隊旗手」が「連隊旗」を奉持して行軍することは、その連隊における最優秀の少尉が担当するきわめて栄光ある、栄誉に満ちた任務だった。この将校にしてこの扱いである。

「連隊旗」(大岡昇平によれば「聯隊旗」)とは、天皇から特定の連隊ごとに直接に授与されたものであり、出先の部隊では、まさにそこに天皇が臨在するのと同様な解釈がされていた光輝に満ちた存在だったのである。

さあ、「靖国教徒」よ、この田中忠美少尉(の遺体)を収容に行かないのか? 彼はきっと待っているに違いない。さらに、
...道路は(米軍の砲撃で)到るところ大穴があき、路地には友軍(日本軍)の死体が放置され、空中は死臭に満ちていた。...
とある。このとき、周辺は日本軍兵士の累々たる戦死体で満ちていたのだ。そして現在でも、彼らは、フィリピンのレイテ島タクロバン周辺に遺骨となって捨て置かれたままである。

筆者の家族だった者が、もし、今だにはるかなる山河や深淵に放置されているのであれば、その遺骨の一片なりとも、この手にしたい。万難を排して現地へ赴き、その埋められた場所の土壌の一握り、岩石の一片でも、持ち帰りたいと思う―― これこそ、慰霊であろう。

くり返すが、旧連合国はこれを連綿と現在に至るも行っているのである。

さあ靖国教徒よ、どうする。行かないのか。




2018/08/16

STAP騒動 ― 追試の費用と時間をどうしてくれる

追試に要した費用と時間をどうしてくれる

これは、カリフォルニア大学医学部のポール・ノフラー(Paul S. Knoepfler)博士の主張である。同時に、この分野の研究者の異口同音の絶叫でもある。


STAP細胞が実在するのが否か ― これはここでは問題にしない。小保方氏は、今、どうしてる ― これをもここでは問題にしない。これは週刊誌の記者諸氏にお任せする。

ここで論ずるのは、日本の研究機関、研究者、メディアがまったく問題にしない、あるいは知らぬふりをしているこの問題についてである。

追試に要した費用と時間をどうしてくれる ― これだ。

ノフラー先生はじめ、世界中のこの分野の研究者は「カネ、返してくれ! オレの時間、損したよ!」と絶叫しているのだ。STAP細胞研究関係者、関係研究機関は、何たることか、いっさいこれに応えず素知らぬふりだ。

「追試」とは、論文において新しい科学の成果が発表された場合に、その成果を実験を再度、行うことによって確認することだ。

STAP細胞の論文が世に出たとき、全世界の分子生物学の科学者は、ほぼ、一斉に追試を開始した。科学の世界は過酷である。STAP細胞の存在が真正のものであれば、すぐにでも、それを超える次世代の存在を発見・創造しなければならない。これへの日夜を分かたぬ努力は、つねに、全世界の研究機関で行われている。

そのむかし、日本の「ゼロ戦」が戦場に現れたとき、世界は驚がくし、そして連合国側は、それを越える性能の戦闘機の開発を猛烈な勢いで開始した。そして、ほどなく「ゼロ戦」はまったくの時代遅れのシロモノに転落した。科学研究の最前線は、これと同様である。

ところが、やがて、このSTAP細胞が単なる「ガサネタ」であったことが露見する。が、しかし、ここから、科学特有の難しさが始まる。
悪魔の証明 / ラテン語:probatio diabolica、英語:devil's proof
の論理につながるからだ。ラテン語になっているくらいだから、昔からあった「いわくつき」の難問だ。

悪魔の証明のレトリック

STAP細胞については、依然として今でも実在を検証したという報告や「ありうる」という報道、議論がある。それを主張するのは、ジャーナリストであったり、科学者であったりする。

絶対に存在しないということを科学的に証明することは、もはや、 いわゆる「悪魔の証明」の議論に属するので、これを結論とすることは論理的に不可能である。参考までに説明すると、
悪魔が存在しないことは証明できないから、悪魔は存在しうる
というレトリックだ。これを議論することは、ほとんど、無意味である。ここで、あえて、ほとんどとしているのは、科学の歴史を見るとこれと見まがうことがあったからだ。

そして、「STAP細胞」を見たという研究者は、この世に、少なくとも一人は存在している。つまり、悪魔を実際に見たという主張と類似するのである。これを否定することは、容易ではない。

新しい学説はつねに狂気じみている―STAP細胞と地動説

また、科学の歴史において、革新的な説は、当初はかならず否定的に扱われる。

たとえば、ガリレオの「地動説」。そのむかし、良識ある人士は「天動説」を、アプリオリ(先験的)に不朽の真理としていた。当時、地動説を唱えることのリスクは、あらゆる意味において、おそらくは「STAP細胞」の比ではなかったはずだ。宗教裁判で、「それでも地球は動く」とうそぶくガリレオは、その当時、間違いなく「狂気」に見えたはずだ。

科学には、こういう側面もあるということを知っておいてほしい。

なぜ「STAP細胞事件」が起きたのか

また、まったくの「妄想」の域を出ないが、この研究とその報告である「論文」騒動は、このように結論すれば、すべてが理にかなった説明になる。一つの「説」としてお聞き願いたい。

最近の研究機関(研究所、大学)は、予算において、きわめてきびしい状況にある。成果をださないとその存立自体が難しくなり、存在理由(レゾン・デートル)が問われるのだ。上部機関からの「成果」に対する要求・要請は、売上ノルマを問われる販売担当を想起すれば分かりやすい。

具体的に言えば「予算」で締め付けが行われる。研究者となるのも、また、よほどの優秀さでないと難しく、艱難辛苦のすえに博士号を取得しても、まったく職につけないということももはや当たり前となっている。

だから、たとえれば、こんな状況だったと喩え話で考えると、一般の人々には分かりやすい。

今はもう、すっかりなくなったが、むかし、縁日へ行くとよくこんな出し物の「見世物小屋」があったものだ。

『ヘビ女小屋』である。ヘビのように首が伸びる女を見せる「見世物」。いわゆる、「キワモノ」であるが、ヒトはこのようにわくわくドキドキするものに心惹かれるものである。科学もこんなところがある。

独創的業績 ―― 最先端の成果 ―― こんな「殺し文句」のようなセリフに心惹かれるのは、何も普通の市民のみではない。予算を出す、◯◯◯◯省もこういうセリフにコロリとだまされたのである。「成果主義」がすべてを決定する風潮が、最近、とみに顕著となってきている。これが背景にある。

この見世物『ヘビ女小屋』には、以下の三者が関わっている。
  1. ヘビ女
    ヘビのように首が伸びる女がいる。これが「見世物」である。今は、もちろん、人権の問題があるから、今はこんなことはありえない。むか~し、のことである。
  2. 口上師(こうじょうし)
    これを特有の抑揚ある『語り』で客引きをする男が、どうしても見たくなるような独特な語り口で、口上を述べ、見物客を誘う。独特の「語り」は、怖いような、ぞくぞくするようであり、ちょっとでも聞くと、もう、入って見るしかないくらい、好奇心を刺激する。
    「見てやってください、かわいそうな子でして...」
    が、殺し文句の常套的セリフ。「もし、違っていたら、お代はいらないよ」とも ―― 意外と良心的?
  3. 座長
    そして、すべてを取り仕切る「興行主」である座長がいる。
1は、言わずと知れた、あの有名な人物。
2は、前者を世に出し、その後、責任をとわれた人物。
3は、あの有名な機関を統括した人物。

知るかぎりにおいて、研究室(居室ともいう)という「個室」の壁面の色を派手に塗り替えた人物は、日本には、二人はいる。1の人物と、3の人物だ。これが、いったい、何を意味しているかは、ご自由に想像いただきたい。