2021/12/26

電車放火事件対応のお粗末-この発想できない体質

近年、日本で起きたさまざまな事象を見わたすと、なかには驚くべきことが存在する。そして「こんなことでよいのか?」あるいは、「なぜ、このような事象が事前に想定・予想できかなかったのか」と考えてしまう。
 
とりわけ、最近、発生した列車内での放火・火災事件は、その最たるものだろう。
 
この事件、犯行の事件性ばかりが言及されているが、問題の本質はそうではあるまい。

所定の停車位置でなければ、出入のための扉を開けさせないという、がく然とする、驚くべき規則、そして、想定外の事件が眼前で現実に勃発しているにもかからわず、ただ右往左往するだけの関係当事者たち ー これらは、今もって釈明すらされていないし、関係する責任者への処遇の話も聞かない。この恐怖で身も凍るような事件が、あたかも日常の何でもない、ちょっとしたことかのように語られるのが、まことに奇怪千万である。

火災が発生しているのに、現場にいる人々を、あろうことか、閉じ込めていたのである。
 
現実に起きた事件よりもっと大規模な火災、あるいは爆発などの、事故・テロがあった場合、いったいどうする想定なのだろう。この程度の被害で済んだのは、奇跡に近い。

今回の現場の責任者らは、これらの事態に対し、その当時、何らの状況・事情に対応した臨機応変の措置などを行っていない。おそらく、そのような想定での教育・訓練をまったく行っていないのであろう。重大な死傷事故にならなかったのは、たんなる偶然にすぎない。

そしてさらに、これを指摘し、糾弾し、警鐘を乱打する識者・専門家もいなければ、釈明・説明する現場担当者もいないばかりでなく、事後であっても対策を考えようとする当事者・識者/技術者・評論家などからの言説・意見などもない。
 
そのあまりのお粗末さに、唖然とし、身の毛がよだつ思いがするのは何も筆者だけではあるまい。
 
今回の事件はまことに衝撃的であった。だが、それ以上に、事後においての当事者・関係者・識者の対応は、最低、最悪と言えよう。

さて、この事件、どこかで類似した事件が.... と考えてみると、あの「サリン事件」である。あの事件に匹敵するであろう。
 
さらに、この「発想できなかった事例」を、思いつくままいくつか挙げてみる。

原発と津波

水没した新幹線

予想・予定することができなかった、いわゆる「想定外」だと言いたいのでだろうが、事故対応としては、最低の結末であり、重大な死傷者がでなかったのは、奇跡に近い。要するに、平和ボケである。

2020/11/24

後ろ弾-知られざる暗黒の歴史

後ろ弾(うしろだま)とは、戦場において背後から撃たれる弾丸―つまり、味方から撃たれる弾のことである。暴行をうけたことがある兵士が、復讐として味方を、しかも戦闘中に背後から撃つという行為である。

大日本帝国陸軍において、実際に行われたとされ、今や、まったく語られることのない暗黒の歴史である。

さらにはこれは、日本社会を投影したとのも言える構図であり、現代も問題とされる「いじめ」にもつながる病的な構造であろう。

精強な兵士を養成すると称して行われたのは

下士官などによる兵士への凄惨な暴力は、陸軍、海軍ともに行われた。

陸軍では、徴兵されて兵士となってすぐに行われた「内務班」(教育課程)での夕食後の点呼の際に連日、行われた殴打、また、海軍では「バッター」という木材で下級兵士の尻を殴打することがしばしば行われた。

いづれも兵士への「精神教育」と称して行われた、まったく理不尽で一方的な暴行だった。陸軍当局は、この理不尽な制裁を根絶するための通達をしばしば行ったというが、なくなることは、遂になかった。旧帝国陸軍に徴兵された一般市民がほぼ一様に語っていた、暴虐の事実である。

そして、これらの不条理に対し、しばしばそれへの反抗として実際に行われたとされているのが、本稿で述べる「後ろ弾」である。そして、これに近いことは形を変えて、現代でも行われているであろうことは想像に難くない。

陸上戦闘が開始されると、歩兵の場合は深く掘った塹壕(さんごう)に身を伏せるか、遮蔽物の陰に身を潜めるのが通常である。そのとき、前方の敵に対して遮蔽するためにざん壕に身を伏せるのであって、後方はほぼ無防備となる。そして、錯綜する前線では、命中した弾がどの方向から発射されたのか、にわかには判断しがたい。日頃から理不尽な制裁を受けていれば、目前に伏せる味方の下士官に対し銃口を向けたくなるのは当然であろう。

実際に、陸軍では中尉、少尉、下士官などの下級指揮官の「死亡率」がもっとも高いとされていた。彼らは、敵からも、そして時には味方からも銃口を向けられていたことになる。

これを「後ろ弾(うしろだま)」と称した。

タマは、前からばかり、飛んで来るものじゃないゾ!

が、いじめられ、追い詰められた兵士の絶叫だったはずだ。実行しても何の証拠も残らないからである。たとえ味方からの射撃による殺人が疑われても、それを表沙汰にすれば重大な責任問題となるから「不問に付す」しかなかった。また、前線ではそのようなことに対応する余裕もあるはずはなかったに違いない。

戦艦「陸奥」爆沈事件

海軍では、戦艦「大和」、「武蔵」に次ぐとされた戦艦「陸奥」が、大戦中に瀬戸内海の柱島に停泊中、「事故」で爆沈したとされている。真の原因は現在にいたるも不明であるが、もっとも有力な説として「放火」による火薬庫爆発という内部犯行が疑われている。

 辻 政信 ―― 狂気の大本営参謀

大日本帝国陸軍の軍人で、大本営参謀だった辻政信(つじ まさのぶ)は、日本軍とソ連軍の衝突した戦闘である「ノモンハン事件」において、日本側の敗戦が確定したとき、日本軍の前線において負傷してかろうじて収容され、重傷であえぎ苦しむ部隊指揮官らの野戦病院のテントを次々に訪れ、「自決」を強要したとされる。

辻は、後世の史家から、たんに暴虐であるばかりでなく異常に名誉欲が強く、その狂気と異常性を指摘されている人物である。

辻は、自分より階級が上位にある立場の者に対してさえ、究極のイジメをおこなったのだ。そして、これらの陰湿きわまる所業は戦後になって、報復を受けることになる。海外で「取材」中に、辻は行方不明となったとされているが、その真相は不明のままである。

著述家の山本七平は、自らも陸軍少尉としてフィリピン・ルソン島の戦いに参加し、その壮絶・悲惨な経験にもとづき、絶望の戦場にあっても淡々と責務に立ち向かう「心優しき」指揮官と、辻のような狂気と虚勢のみの暴虐な指揮官の双方を、淡々と描写している。

そして驚くべきことに、山本は、日本軍は敵と戦闘を開始する以前に、これらのヒステリー状況によって、自ら自壊し、壊滅していたとさえ述べている。

日本に停滞をもたらす最悪の存在

記者クラブにともなう抱腹絶倒と滂沱落涙(ぼうだ、らくるい)

     日本のいちばん長い日
                      ー 運命の八月十五日
という映画作品がある。原作は、ノンフィクション作家の半藤一利。映画では、昭和天皇を大木雅弘、反乱軍首謀者の畑中少佐を松坂桃李、鈴木首相を山﨑努が演じていて、なかなか見ごたえのある作品である。

そのなかで、日本の連合国側への降伏の受諾を決定して、翌日には天皇の録音による玉音放送、さらに新聞発表を行うという段階にまで至って、首相官邸の書記官長は、並みいる新聞記者たちを集め、
(玉音放送が行われる)翌日の正午までは、絶対に新聞発表せぬように。
と宣言するシーンがある。そう、これこそ今に至るも、相も変わらず続いている「記者会見」の様子をよく伝えているシーンと言える。

この「終戦の詔勅」にかかわる経緯はともかく、問題は、現代においても、ほぼすべての日本からの報道が、この通りに行われているということにある。

メディアの重責を担うという気概も、批判精神にともなう緊張感もまったく感じられない。むしろ「記者クラブ」に在籍しているという特権意識に酔いしれている、鼻持ちならなさを感じさせるだけである。

さらにまた、かつて、凶弾に倒れた、故ジョン・ F・ケネディアメリカ合衆国大統領は、エール大学でのスピーチでこう述べたという。
真実の敵は嘘そのものではない。むしろ、得心できるほどにしつこく繰り返される「神話」である。非現実的な神話のほうが、計画的につかれた嘘の数々よりも危険である。 (出典= ハミルトン・フィッシュ: 「ルーズベルトの開戦責任」渡辺惣樹 訳、草思社)
この鋭い指摘は、我々を戦慄せずにはおかない。これはまさに、日本における「記者クラブ」が日常的に行っていることだからである。

まさに日本の「記者クラブ」とは、神話がもたらすご託宣(メッセージ)の忠実なメッセンジャーであり、記者クラブ室とは、その神殿(あるいは、伏魔殿?)なのである。

鋭い知性と良識を持った記者ばかりであればまだしも、そうでなければ、たとえばこういう事も起きる。
 

世界に恥をさらした日本のジャーナリスト

かつて、日本のノーベル賞受賞者にかかわる公式記者会見がストックホルムであったとき、ある日本からの記者は、質疑応答の時間になり元気よく真っ先に挙手し「賞金は何に使いますか?」と質問したことがあった。

その瞬間、会場には、各国記者団からの失笑と、司会者の舌打ちが響きわたった。
 
財団司会者は冷たく「そのような質問は受け付けられない」と却下。当の記者氏は(日本語で)「何でぇ?」と悪態をついたことがあった。

質問したのは、どこの報道機関か、質問者は誰であるかは、ここではお伝えしないが、その後、たいそうご出世されて、日本の国務大臣まで務められた人物なのだが...。しかし、彼らはこの程度なのだ。嗚呼!



2020/11/03

野火:大岡昇平 ‐ を読み解く

地獄のフィリピン戦線、そこで大岡が見たものとは

大東亜戦争(太平洋戦争)を一兵士としてフィリピンに出征し参加した文学者、大岡昇平による作品『野火(のび)』は、かつて二度、映画化された。そして『野火』は、飢餓もしくはその状況下でのガリバニズム(人肉食)を語るとき、かならず引き合いに出される。(単行本、文庫本、どちらでも刊行されている。ぜひ、ご一読を。)しかしこれは、きわめて皮相的な見方である。大岡が言いたかったことは、おそらくそうではあるまい。

大岡自身は、社会人となって結婚もしていたところを「臨時召集」で陸軍に入り、すぐにフィリピン、ミンドロ島へ派遣される。最初の戦闘で部隊は壊滅し、わずかな生存者も四散する。その後は飢餓とマラリアで苦しみながら戦場をたった一人で彷徨する。後に自身の文学作品「野火」において描写されている世界である。大岡に餓死が迫っていたころ、米軍に収容され死をまぬがれることができた。これが、たんなる偶然にすぎないという現実の不条理さが「野火」において通奏低音のように流れる。

近代の日本は欧米から多大な文物を導入し、とりわけ科学技術については顕著である。それとともに「精神」の問題はその根拠となる何ものかを失ったままの、いわば、安直に良いとこだけを摘み取る「良いとこ取り」であった。

 飢餓状態となれば、糧(かて)となるものならば何であろうとも口にすることは、生物であればなんであれそれをさえぎるものはありえない。ただ、人間であれば、そこで深刻な苦悶に直面することになる。大岡が書き記したかったことは、それであろう。

このとき、ひとは全能の何ものかと対話せずにはいられなくなるのだ。人間としての根底からの絶叫だったのだ。

それは、つまり『神』との対話である。

それはイエス・キリストが「荒野」において、あるいは、「ブッダガヤ」におけるガウタマ・シッダールタ(仏陀、釈迦、釈尊)の対話に通じる。

大岡がもっとも言いたかったことは、この絶対者との対話であったろう。映画化された作品では、この最重要事項が、あろうことか、あっさりと切り捨てられていて跡形もない。

宗教国家としての日本

現・近代人である自分が、何をいまさら『神との...』なのだ、と、読者諸氏は考えるにちがいない。ところが、これは違う。およそ近代社会を形成している先進国で、もっとも宗教的なのは日本である。

これを言うと『唖然!』とされるかもしれないが、日本は「アニミズム」という宗教に今もどっぷりとつかった状況である。

なぜなら、何かというとすぐに「空気」に言及するではないか。われわれ日本人の多くは、「宗教」とは関係ない、関わりたくない―などと言うひとは多い。しかしながら、われわれ日本人は世界でもっとも宗教的な人種だ。これを言うと驚くひとも多いが、欧米のキリスト教徒、中東のイスラム教徒からすれば、この日本の状況は「宗教的」そのものなのである。

日本は民主主義国家ではない。「空気主義」国家である。つごうの悪いことや説明が難しいことは、すべて「その場の空気で...」という説明で納得してもらえる。「空気」絶対主義なのである。平安の昔、天皇がお住まいの御殿の上空に現れたという、鵺(ヌエ)という怪物の実在を語る世界観と、概ね、大差はない。

これは、西欧の概念からすれば、宗教と呼称するのである。他に対応しうるいかなる用語terminologyをも見出だすことはできない。

大気組成のほとんどは窒素、二酸化炭素、酸素である。 そのどこに、人間に思考を規制するドグマが書かれてあるのか。日本社会においてのみの、世界に冠たる驚くべき思考方法なのである。

空気が無謀な作戦を?

戦後になって、かつてのある日本海軍参謀は「戦艦大和の沖縄への特攻出撃は、その時の『空気』による」と述べたそうである。
 
なんと「空気」という無形の存在により、4千人近い人々が無駄に死なねばならなったというのだ。責任回避もはなはだしい、たんなる頓辞(とんじ:言い逃れ)にすぎない卑劣で無責任な言い訳も、これで通ってしまうのだ。

そして、この聞き苦しい言い訳は、欧米各国語、イスラム文化圏の言語には、ほとんど翻訳不可能でさえあることを忘れてはならない。


2019/08/11

STAP細胞研究への試論

何が科学的真実だったのか

理化学研究所における「STAP細胞研究」の一連の経緯については、多くが語られ、報道され、論評された。

しかしながら、決定的なことのいくつかはどこにも語られないままである。

そこで本稿では、試論的に、あえてこの「事件」の背景と意味を論ずる。「事件」とここで称しているのは、STAP細胞研究そのもののや、その研究者たちの人物像を対象としているのではない。

それに関わる研究機関、報道のありかた、あるいは本来的な科学的意義についての考察である。

ガリレオの宗教裁判

ガリレオが「地動説」を唱えたとき、その時代の知性はいっせいにガリレオに反発し攻撃した。

STAP細胞の「実在」については、いったんは「ノーベル賞級の...」とほめそやし、追試ができない(つまり、確認できない)となると、一転してあたかも「魔女狩り」的な宗教裁判の様相を呈した。

多くの「科学者」が(科学者ではなく「科学者」なる人々、が)、われこそは正しいといわんばかりに"したり顔"で、論評した。

しかし、「追試ができない」ということと、「科学的に実在しない」ことは、まったく意味が違う。ガリレオの時代、地動説は科学的に証明が困難な事象だった。だから、当時の知性はこれを認めなかったのである。

STAP細胞は、もしかしたら、千年の後にその実在が証明されるかもしれない。今回の事件の論評のなかにそのような視点をもつ考え方が、まったく表明されないのは、まったく不可思議である。「存在する」ことは、そのものを示せばそれで充分だが、「存在しない」ことを証明することは無益、あるいは不可能であるからだ。これは、いわゆる「悪魔の証明」として自明とされている。

アインシュタインとボーアの論争

もう、一つ。
ショウペンハウエル『意思と表象としての世界』
という著書がある。

ショウペンハウエルとは、「デカンショ節」に出て来るあの『デカルト、カント、ショウペンハウエル』の一人だ。難解な三大ドイツ哲学のひとつだ。ここでは「世界は私の表象である」と言っている。これは言葉・観念の『遊び』のようなものだが、ところがどっこい、その後、これが量子力学において、同じようなことを言っている。こうなるとショウペンハウエルの独擅場だ。

これは「見えている世界は、実はすべて、私(の意志)が作り出したもの」と言っているのだ。つまり、観測者が存在するか否かで、実験の結果が違ってくるという事実だ。

つまり『私』が見ているか否かで、物理現象の結果が違っているという実験結果に、最新の科学も、明確な説明ができないというあの論争だ。相対性理論の創始者であるA. アインシュタインは最後まで(死の直前まで)「月は、私が見ようと見まいと、そこに存在する」と、量子力学の創始者であるN. ボーアと論争した。量子力学の『奇怪さ』、さらに相対論の途方もない理解不能さではあるが、最近では、もうGPSなどでその成果がスマホの中ですら使われている。

そして、科学とはこのように論争している状態が、正しいのだ。

生命現象は、きわめて複雑であって単純ではなく、アインシュタイン=ボーアが論争した「電子のスリット実験」のような単純な事象ではない。

見ていると(観測者が存在すると)結果が変わるという事象が、これが、それこそ幾重にも重なり、さまざまな観測結果がありうるのではないか。

これが、あの理化学研究所の一派が言いたかったことではないか。と言うより、この後、千年が経ってから立証されるかも知れない。少なくとも、現在、誰一人、この主張がない。

ガリレオが地動説を主張し裁判にまでかけられたとき、おそらく、彼は途方もない(トンデモナイ)人物だとされたに違いない。このワダチの弊を、また、たどっているのはないか。少なくとも、今、誰一人、この主張がない。

日本の歪んだジャーナリズム

言いたいのは、このようなどこにでもある、下世話な『不正』としてだけ、STAP騒動と言われているこの一件を描写してしまっていいのか、ということ。『記者クラブ』連中はじめ、識者先生も『週刊◯春』どころか『■■■芸能』的な、物言いしかない。

そして、したり顔の『~新聞科学部記者』が聞いてあきれる。ほんとにやる気があるのか、と。「記者クラブ」で配布される資料で提灯記事を書くだけの低能ぶりのくせに、あたかも宗教裁判の判事気取りだ。

『◯氏』を悪く書けば書くほど、雑誌は売れ、世間は沸き返る。新聞・雑誌などマスコミは、STAPができようができまいが、どっちに転んでも儲かってしようがなく、笑いが止まらない。

ここでも『記者クラブ』連中の全能感が、横溢している――世界は(ホトケ様の手のひらの上で展開していたように)吾が手中にある、と。それに、オンナがらみのスキャンダル記事は、もういい。そのコトと、科学のことは別にして書いてくれないだろうか。

日本で重厚な真のジャーナリズムが育たなかったのは、きわめて残念であり、幾多の罪過を残してきた。

みんなペラペラ。戦争を煽り、世をその惨禍に追いやり、負けたとなると、今度は自分たちだけは『良識』を装い、戦い破れてボロボロになった連中をたたく――これがその常套手段。メディアの諸君は、今回もこれをやった。

カネとオンナ――これは陳腐な話題だが、科学とオンナ――オッ、これはイケると踏んだのだろう。こんな三文雑誌屋・新聞屋のペテンにかかっていてよいのだろうか。

こんな新聞・雑誌屋、『記者クラブ』で「我こそは、この世の良心なり」とふんぞり返っている連中を、これを機会に粉砕したい。

さらに、諸般の経緯が「ガリレオの裁判の、再来」とも言えるということを、指摘しておきたい。



2019/04/20

パリ、ノートルダム大聖堂の火災-ヨーロッパはどうなる

火災事故をいたむ・・・が、しかし

フランス、パリのノートルダム大聖堂の火災では、歴史的建造物が大きく損傷した。残念でならない事故であるが、ここからさまざまなことが見えてくる。これについて論ずる。

ここで展開する分析とは、これはあるいは「神の鉄槌」ではないのかということである。

旧約聖書では、旧約の「神」はかつて、ソドムとゴムラという背徳の都市を焼き払ったとされている。

大航海時代以降のヨーロッパの植民地主義の苛烈さ、残虐さは言語を絶するものだった。フランスも例外ではない。日本が第二次大戦に先立ち、「仏印進駐」と称してフランス勢力を駆逐するまで、ベトナムに居座っていた。地中海の対岸のアルジェリア、アフリカの国々のいくつかもまたフランスの植民地だった。インドネシアはオランダが350年間、植民地として搾取した。

ヨーロッパの国々は、その覇権を獲得するために狂奔した。当時のキリスト教は、その植民地取得のための「先兵」として送り込まれ、アジア、アフリカの国々を先ずは内部から崩壊させ、しかる後に植民地としたのである。あろうことか、「キリスト教」の名において侵略したのだ。

きわめて残念なことに、現近代のヨーロッパの知識人、思想家、あるいは、キリスト教の聖職者といわれる人々の思想や論調においても、これへの分析や批判、反省はきわめてまれである。

この植民地主義の下での人道に反する搾取は、第二次大戦が終結するまで数百年間にわたり、行われたのだ。

神による歴史批判なのか?


だから、神は背徳の国々の本拠ともいうべきフランスのパリを、少しだけではあるが、炎上させたもうたと言いたいのだ。神の怒りだったのだ。

今回の火災へのさまざまな「識者」のコメントにも、これらは、まったく言及がない。これでいいのか? 聖職者、教会関係者として、信仰のもとにある者としてほんとうにこれでよいのか? どうなのだ。

新約聖書によると、イエス・キリストは、ここに指摘した問題提起に極似することを実行している。神殿、つまり「神のやしろ」で出店して商売する人々の施設を破壊してまわったのだ。イエスは、ときとして「過激派」であり、ただ静かに祈る存在だけではなかった。

パリ、その驚くべき凋落ぶり


そもそも今回の火災は「修復工事」にともなって、発生したとされる。まことに不可解ではある。またその原因・経緯すら発表されていない。

いったい、何のための「修復」だったのだ。こんな「修復」なら、はじめからしなければよかったのだ。

シテ島は美しい。だが、それ以外のパリの街路は、現代の日本では考えられないほどの汚濁と混乱に満ちている。広い表通りは美しいが、その裏通りは、散乱する大量のゴミと、きわめて不快な排泄物の臭気に満ちている。一流ホテルは良好なのだろうが、「普通」かそれ以下のホテルは設備の老朽化、応対品質のはなはだしい低下が顕著であり、耐え難い。

したがって、きわめて感覚的で雑駁な言い方をすれば、今回の火災事故は、そのお粗末さ加減からして何らの不思議はない。その原因・経過すら不明であっても。

そして...

パリは燃えているか? ―― かつて、こう叫んだ歴史上の人物が存在したが、そう、今こそパリは炎上したのだ。











2018/12/30

IWC離脱、戦前の「国際連盟」脱退と相似形

日本は、IWC(国際捕鯨委員会)からの離脱を表明した。これをめぐってさまざまな議論があろうが、これはかつて日本が歩んだ暗い歴史 ―― 国際連盟からの脱退と相似形である。

この離脱にいたるまで、日本の挙動についてIWCでどのような議論や決議が行われたのか、それはきわめて重要なことではあるが決定的な問題ではない。問題はこのような岐路において離脱を選択したという事実である。「非を認めて逃げた」という解釈が成り立ちうる選択肢であろう。

なぜその場に残って議論をねばり強く続けないのか。かつて、このような選択を行い、解決のない混迷に突き進んだ暗い歴史があったことは、その後、重大な結果をむかえてからさまざまな人々が幾度も悔恨の言辞を通じて表明してきたことではないか。500万人にも及ぶ戦死者は何のために死んだのだ?

なぜ? なぜ放り出して、議論の場から立ち去ったのか?

IWCにおいて議論を続けよ


日本は1931年に、日本の現地軍(中国大陸に駐屯する日本軍)が「満州国」を建国した。

このとき、1933年2月、国際連盟総会は「リットン調査団」報告書を審議し、日本の代表である外相松岡洋右は満州国を自主的に独立した国家であると主張したが、審議の結果、反対は日本のみ、賛成が42カ国で可決された。 これを受けて日本政府は翌3月、国際連盟脱退を通告した。

当時の混乱した中国の事情を見れば、「満州国」の存在も許容できうるものであろうが、ここでは、その議論を行わない。

それからの日本の国際的な孤立は、歴史にある通りである。ついに1941年、真珠湾攻撃と同時に太平洋戦争開始。1945年、敗戦となる。500万人にもおよぶぼう大な戦死者、焦土と化した国土、原爆、...。

もしあのとき、国際連盟を脱退することなく議論を続けていれば歴史は大きく変わっていただろう。日本人の気質として、「議論」を避ける、「議論」はもはや交渉が決裂した状況であると考えてしまう傾向がある。しかしこれは大きな間違い。欧米を始めとする国際社会では、「議論」はたんに交渉が始まったにすぎないのである。

反捕鯨国勢力は今回の日本の選択について、日本を一気に土俵際まで追い詰めたとほくそ笑んでいるであろうに違いない。

これを見れば、このIWC離脱は、まさしく、この「国際連盟脱退」と相似形であると知れる。

日本の政治家の繊細すぎる政治感覚が問われよう。また、一部の海外のメディアは「シーシェパードの勝利」などと報じている。問題を中途で投げ出したと解釈されるであろうことは、論をまたない。

日本は断じて、IWC(国際捕鯨委員会)に残留し、その正当性をねばり強く主張すべきである。どうしてそれができないのだろうか。

孟子いわく
自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば、千万人と雖も、吾往かん
と。

もし、IWCにおける日本代表があのW, チャーチルであれば、論戦ですべてをひっくり返し、新たな展開を切り開いたであろう。

日本代表よ、しっかりせよ。何をおそれ、何をためらっているのか?

捕鯨そのものより、IWC離脱が世界で悪評


たとえば、国連環境委員会の議長だった、エリック・ソルヘイム氏は、BBCに対し
日本のIWC離脱はきわめて危険だ。日本に再考を求める。これでは、せっかく合意してきた合意事項が、各国の利害で空中分解してしまうことにつながる...。
Japan will start commercial whaling.
Let’s ask Japan to reconsider!
It’s dangerous when nations break out of global agreements and start setting their own rules.
とコメント。世界で悪評なのだ。これでは捕鯨どころではなくなるのでは...。主張があれば交渉のテーブルから去ることなく自己主張し続けるするのが国際社会での鉄則なのだ。

世界の論調は日本にきわめて手きびしい。日本代表よ、席に戻れ! あくまで、ひるむことなく主張せよ。